月曜日と一枚
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鹿と塵

「はい」の後

/柳本々々

 

5/7 ブログ始めて8年になった。10年したら、10年日記買おう。夜、雨がやんだので犬と散歩。

5/8 『岸辺の旅』を観た。最初、深津絵里の顔がなかなか見えなくて、深津絵里が幽霊のように見えた。『散歩する侵略者』では宇宙人になって夫が帰ってきて、『岸辺の旅』は幽霊になって帰ってきて、『メッセージ』も思い出して、女のひとは未知のものとコミュニケーションとるのがうまいのかもしれない。

5/9 いろいろ観たい映画や展示があるのに街に行く元気がない。mixiが必要になり、自分のはもうないので妹のを借りる。名前を「姉が使用中」にして使わせてもらう。

5/10 テレビみてたら「次やればうまくいくかもしれない」と役所広司が言っていた。

5/11 カーネーション、お母ちゃんが朝、イブニングドレスで踊るところがめちゃくちゃよかった。

5/12 ツバメが家の中に入ってきて、てんやわんやした。『その話は今日はやめておきましょう』ってタイトル、すごくいいなあと思っていたら、Siriで遊んでいてSiriが答えた言葉だと井上荒野さんがつぶやいていた。

5/13 『後妻業の女』を観た。「趣味は、読書と夜空を見上げること。」大竹しのぶに釘づけになった。スーツケースからはみ出た髪の毛を切るシーン、なんか頭に残る。

 

幸福の議論では「幸福という状態」のことと「幸福になるための方法」のことがしばしば混同される。たとえば「一人になることで幸せになる人」がいる一方で、「たくさんの人の中にいることで幸せになる人」もいる。これは「幸せのための方法が人によって違う」と考えるべきで、「幸せ」自体が人により違うのではない。(矢野和男『データの見えざる手』)

『データの見えざる手』をぽつぽつ読んでいて、これ勘違いしてたなあと思った。

五月の風の道を

はたちよしこさんの詩「夕焼け」の絵を描きました→「風の道を」

落下、静まりかえった青空

べこべこの青空どうしても五月/柳本々々

 

4/30 甥っ子と紙飛行機を飛ばしたり、『ドラえもん 新・のび太の日本誕生』を二回観たりした。夜中、庭でどこかの猫がにゃーにゃーうるさいので見に行くついでに満月も見た。犬が注射されてしょんぼりしていた。

5/1 犬のしっぽが毟れていて、薬を塗った。換毛スピードにブラッシングが追いつかない。葉ねでころころ智丸の会に申し込んだ。MARCOMONDEのスズランソックスが届いた。

5/2 カーネーションがおもしろすぎて、次の放送が7日なんて信じられない。糸子の父の「けど、そっちの方がおもろいで」がよかったなあ。夜、雨が止んでから、犬と散歩を久しぶりにした。強風で頭が痛くなった。

5/3 『フリーランス、40歳の壁』、9ページ目で「フリーランスとホームレスの違いについて。」があって信頼できる本。と思った。

5/4 『データの見えざる手』『目の見えない人は世界をどう見ているのか』を買った。

5/5 甥っ子が持ってきたLaQが楽しくて、甥っ子が作ったものも破壊して没頭してしまい、甥っ子が怒り出した。私は色にこだわって作り、甥っ子は形にこだわる。色には全く無頓着だった。

5/6 僕は怖くない第273回「GWのこわ〜いお話2018」を聴いた。映画『アザーズ』のような話があって好きだったけれど、こんな体験は絶対したくないと思った。神戸新聞の木皿食堂「これはあの時の気持ちだったと後で気づいたりする。」話がよかった。『さざなみのよる』が気になる。買うか悩む。

立夏

西尾勝彦さんの立夏の詩に絵を描きました。→越田クリニックさん二十四節気

本体に付いた付属品のような日

つかれたよ つつじの蜜に致死量があるならここで休めるのにな/岡野大嗣

 

4/23 メッセージのサントラがよかったので、『オルフェ』も買い、「A Pile of Dust」に感動する。激レアさんの御成座回おもしろかった。いつかシネマルナティックに行きたいと思っていたけれど、御成座も行ってみたい。

4/24 一日雨で犬の機嫌が悪かった。『じっと手を見る』を読んでいると、いつ死ぬかわからないのにみんな毎日生きていてすごいという気持ちになる。

4/25 家のまんまるのつつじが満開。kiwandaのSUMIREソックスがかわいくて買う。『犬ヶ島』の前売券(フィギュア6体セット付き)も買う。

4/26 本と雑談ラジオ第62回を聴いて『フリーランス、40歳の壁』を買った。犬のぬけ毛が凄まじくなってきた。泉の広場がなくなるようで、昔、扇町ミュージアムスクエアへ行くときに泉の広場から地上へ出ていたので寂しい。

4/27 南北会談で、再放送のカーネーション、古畑がなかった。犬に足を噛まれたので、足をあげて湯船につかる。自分の足を久しぶりにまじまじ見た。中学生くらいのときは、暇さえあれば、太いとかO脚とか思いながら、自分の足を見ていた気がする。

4/28 立夏の絵を描いた。これで越田クリニックさんの連載の絵は残り1枚に。甥っ子がやってきたので、ドラえもんとスヌーピーを一緒にみた。犬がすべって転んで右後ろ足を痛めたようでしょんぼりしている。

4/29 『じっと手を見る』読み終わった。よかった。とてもよかった。窪美澄さんの小説で一番好きかもしれない。

 

「僕はまた誰かを好きになることができるかな」

「さあ……」

「さあ、って。……冷たいなあ」そう言って俊太郎さんは笑った。

「自分のことだってわからないし」

「わからない、わからないと言いながら、女の人はいつだって大胆なことをするじゃないか。本当に僕はわからない」エレベーターの扉が開く。(窪美澄『じっと手を見る』)

 

最後の方にちょっと出てくる俊太郎さんとの病院での会話が好きだった。寝る前に読むのにぴったりの本だったので、次なに読むか悩む。

さよならをいった瞬間、いまちょっと眼がさめました。

「ほろびるの?」鯨から電話が掛かってくる/柳本々々

 

だからこそ大人たちは、〇にあこがれつづける。シンプルで、ミニマムで、歪みも途切れもなく、満ち足りた〇に。(宮地尚子『傷を愛せるか』)

 

そう、ねむることは、完璧な○になることです。(柳本々々『夢八夜 最終夜 こんな夢を見た!(或いは遙かなるおふとんジャーニー)』)

 

たまたま読み返した柳本さんのアパートメント連載のにも〇が出てきた。『メッセージ』のヘプタポッドの文字のことも思い出して、『メッセージ』のサントラを買った。

絵が描けないので、竹林さんのミ來週報みたいに更新していこうかと思う。何のために何を記録してんだろうと思うけど、習慣になってしまうと記録し続けるしかない、になる。

誰も載っていない本

サカナの四月が詩の中さ。/コジヤジコ

(さかなのしがつがしのなかさ)

 

見えないものが見えたり、感じることのできないものを感じる人がいるとき、そこで見えるもの、感じられるものが「実在」するのかどうかは、あとにならないとわからないことが多いし、あとになってもわからないことも多い。(宮地尚子『傷を愛せるか』)

 

窪美澄さんがおすすめしていたので買った『傷を愛せるか』、すごくいい。この部分読んだとき、幽霊とかそうだなと思いつつ、『花とアリス』を観ていて、アリスがふいに差し出されたトランプで泣いてしまうところで、思い出なんかもその時はまさかそんな大事な思い出になるなんてわからない、あとになってわかったりすることだと思った。

穀雨

西尾勝彦さんの穀雨の詩に絵を描きました。→越田クリニックさん二十四節気

夜を背負う犬

夜の犬、祈るよ。/コジヤジコ

(よるのいぬいのるよ)

 

寝る前に、ときどきこの回文をふっと思い出す。

間違えるのはとてもいいこと

怒鳴るの?読むの?問うの?繁るの?/柳本々々

 

元町で奥見伊代さんの展覧会してる。行きたいし、そのまま上に登っていって、久しぶりにヒンホイのカレーが食べたい。

泡のなかで生きてる

マーガレットとマーガレットに似た白い花をあるだけ全部ください/岡野大嗣

 

タケノコを食べた。

白いシャツを買い、黒いシャツを買い、青い鳥柄のシャツを買おうとして思いとどまった。

観たい映画や展示がいろいろあるのに、全く出掛けることができない。

金魚と間違えられた春

こうするとぶらさげられる春ですよ/柳本々々

 

窪美澄さんの新刊を買い、はりーさんの『日本のヤバい女の子』を予約した。

再放送のカーネーションと宇宙よりも遠い場所が最近の楽しみになってる。

四月の風の道を

奈良のNAOTさんで今月から「風の道を」という連載が始まりました。

はたちよしこさんの詩から絵を毎月描きます。

春の掃除機ブックカバー

「春だから母が掃除機かける音聴きたくなって耳をすませる /岡野大嗣」のブックカバーを作りました。

セブンイレブンのネットプリントで4月17日まで印刷できます(B4カラー1枚60円)。予約番号は「27320718」です。

宇宙うさぎ

「地球が難解になったのは三月のこと? 四月のこと?」

/柳本々々「炒めるといいかおりのするもの」

 

郵便局や銀行に行かないといけなかったので、ついでに映画を観ようとしたけれど、バーフバリ、デトロイト、ソラリス、レッド・スパロー…、どれが観たいのかわからなくなって何も観ずに犬のおやつとフォーを買って帰った。

小さな泡のなか

初恋でひとは滅びるわけではない/柳本々々

 

妹の家でごはんを食べていたら、甥っ子がルイボスティーでお茶漬けしていた。

インベカヲリさんの展示が大阪である!行きたい。

清明

清明の詩と絵です。→越田クリニックさん二十四節気

眠れない二人

春だから母が掃除機かける音聴きたくなって耳をすませる/岡野大嗣

 

この前東京で観た「弱さの工芸」展で、風化したリカちゃんの靴らしきものがあって、小学生のとき帰り道で、リカちゃんかジェニーちゃんかの銀色のラメのハイヒールを拾ったことを思い出した。お守りみたいに持っていたのも思い出して、その展示していた風化したリカちゃんの靴がほしくなったけれど、売約済だった。何かを思い出す装置みたいなものってほしくなるんだなあと思った。

水槽列車

あんなにも大きい鞄を抱きしめて電車に乗るひと春なんだなあ/柳本々々

 

襟に花がついてるスプリングコートを買った。

家族が旅行で、家に私しかいないから犬がとても不安そう。

冒険者たち

死ぬまでの時間は全部ついでだと吹き溜まりの桜は知っている/岡野大嗣

 

「時間とはブリトーのようなものだ 一方の端が曲がってもう一方の端に接触する」「中身は?」「好きなものを入れられる 記憶でも経験でも三角関数でも何でもいい」

『ペギー・スーの結婚』のここがもう一度みたくて観た。今度はラストの鏡からカメラが出てくるみたいに見えるのが気になって、検索した結果、『すべては映画のために!』を買った。

春にみたかった夢

「みたよな」「な」「みえたよな」「な」 「ん、すごかった」桜のなかで仲好くなって/柳本々々

 

台所にもらったザボンが鎮座していて、一個なのに香りがすごい。夜食に高野豆腐とチョコパイを食べた。

苺の数をかぞえる

あたしたちだんだんふたりになるじゃない どうしたらいいのどうしたらいいか/柳本々々

 

犬の冬毛がお尻のあたりから抜け始めた。

夜になると裏の畑に群生している菜の花がむわっと匂う。

春までなにも届かない

ここじゃない何処かへ行けばここじゃない何処かがここになるだけだろう/岡野大嗣

 

『メッセージ』のことをいろいろ考えていて、現代川柳はヘプタポッドの時間の感覚と同じなんじゃないかと思った。

「たてがみを失ってからまた逢おう/小池正博」は、この先、たてがみを失うこと、また逢えること、がわかっていて言っているように『メッセージ』を観てから感じた。「五万年あとの話をしてる鳥/柳本々々」とかヘプタポッドみたいな鳥だ。

うまく思い出せない

たんぽぽのお酒を飲んで次の風/柳本々々

 

先週くらいから『デート』が再放送していてみてしまう。前みた時とまた違った感じに見えておもしろい。

聞きわけのよい眼鏡

だからそういこともあるんだなっていうのが

わかった

 

そう

 

ぼくたちの生活はたぶん

そんなにはながくつづけられはしなくて

それでも眼鏡だけがかたくゆるくあたたかく

のこっていくのはなんとなく

いつもわかっていること

 

ねえきみは

 

なに?

(柳本々々「あたたかい眼鏡」)

 

僕は怖くないの過去放送DVDを注文したいのだけれど、吉田会長が送ってくれるのだろうかと思うと、恐れ多くてなかなか注文できない。

たんぽぽの会話

たんぽぽ?と話しかければ暗やみに咲くその花に黄色が灯る/岡野大嗣

 

シネマ神戸で『メッセージ』を観た。最終日にぎりぎり観に行けてよかった。

「言語を学ぶ」ということがずっとよくわからなかったのだけれど、『メッセージ』を観て、こういうことなのかと思った。あと『クリストファー・ノーランの嘘』の「時間は、(私たちを喪失から解放してくれるかもしれない)別の未来に向かって進むのではなく、私たちを喪失の経験へと連れ戻すものである。時間は、前進運動というよりも回帰運動なのである。」のところが好きで、リンクした感じになった。

この宇宙だって、ちゃんと落ちつくだろう

たった今うれしい夢をみていたようれしかったのだけが分かるよ/岡野大嗣

 

いろいろがんばったのでBonne Maisonの鳥たちが水辺を漂ってる靴下を買った。あと気になっていた『日本現代怪異辞典』も買った。

春分

春分の詩と絵です。→越田クリニックさん二十四節気

しずかなためいき

生まれつき耳鳴りのある犀の吐く一夜にいちどきりのため息/岡野大嗣

 

『クリストファー・ノーランの嘘』、おもしろい。『プレステージ』がとても気になるのは、犠牲と反復を描いているからで、「努力」はあんまり好きじゃないけれど「犠牲」は好きだなあと思った。

お守りのような春

今どこにいますか何をしてますかしあわせですかもう春ですか/たきおと

 

高校生の頃、祖父が通院していた病院が通学経路にあって、バスで帰るのがめんどうくさいとき、病院の駐車場で祖父の車を探して乗せて帰ってもらっていたことをときどき寝る前に思い出す。祖父は車に鍵をかけないので、いつも乗りこんで助手席に座って待っていた。

幽霊って見たことがないし、どこにいるかわからないけれど、祖父の幽霊に会えるとしたらあの駐車場なんじゃないかと思う。なんかふとしたときに、あの病院の駐車場で祖父の車を探したら見つかるんじゃないかと思うときがある。